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まだ見ぬ世界

Hey! Say! JUMPに関する私的記録・考察などなど

山田くんのジレンマ

もろもろ感想

10000字インタビューのネタバレにもなっております。まだ見ていないという方は読まないでください。あれは活字として読むからこそ意味がある。だからこそ今回は文字起こしもしません。

 

山田くんがJUMPを大きくするためにやることはJUMPにプラスになるどころか山田くんだけを目立たせ浮かせてしまう。JUMPという円を大きくしようとすればするほど山田くんは円を歪にさせてしまう。それが悲しい事実だったのだ。山田くんもその事実に気づいて苦しんだ。しかしどうすることもできない。それは山田くん自身のせいではなく山田くんやJUMPを取り囲む環境のせいだったのだから。そして山田くんがそのジレンマに苦しめば苦しむほどJUMPをより歪なものにしてしまう。涙が出るほど悲しく辛いことだ。ソロデビューに関してはファンにとっては待望のものだった。なるべくしてなったのだ。あのとき、「なんで山田が?」そう思った人ははたしてどれほどいたのだろうか。しかしそれは本人が最も望まないものだった。わたしたちファンは知っているようで何も知らない。本人が話せば話すほど知らないことがたくさん出てくる。「ヤだよ、置いてくようなことすんの!」これがすべてなんだと思う。ソロデビューしたとき山田くんはそれは本当に喜んでいなかった。あれは当時ソロデビューした人がどんどんグループから離れていったあとだったからファンを安心させるためにいってるものだと少なくともわたしは思っていた。だからわたしはもっと喜んでくれてもいいのにと思っていた。しかしそんな美化された複雑なものじゃなかった。山田くんは孤独な王様になりたくなかったのだ。しかしこのままいけばそうなることを山田くんはわかっていた。そして同時にそう思っている自分がどんなに驕っているかもわかっていた。だから苦しんだ。何も言えず、耐えてきたのだ。そして、山田くんは最終的に答えを見つけることになる。正解なのか不正解なのかまだわかっていない。しかし答えを見つけ行動に移した。それがJUMPの転換点となった話し合いだったのだろう。いつだってJUMPのために、と行動してきた山田くんは正しいといえるのかはわからない。ただ、それが山田くんのJUMPのセンターとしての覚悟なんだと思う。

山田くんがなぜこんなにJUMPに執着するのか。それはきっと裕翔くんとのことが関係しているのだと思う。山田くんはかつて裕翔くんを抜きたいと願い努力した。どこかで越えられるはずがないと思いながらも努力し続けた。そして最終的には越した。そこに残ったものはなんだろう?山田くんは幼さゆえに間違えたのだ。越すべき存在がデビューした時点で変わったことに気付けなかった。もう間違えまいとしているのではないかとわたしは思っている。ひとりがひとりを越すのではない。山田くんは気づいたんだと思う。けっきょく最後に支えてくれるのはメンバーなのだ。それを大切にすることは当たり前だ。わたしは最近のデビュー組にはないメンバー全員の対等感があるいまのJUMPがすきだ。その雰囲気をいま作り出しているのはだれだろう。山田くんのジレンマはもう解消された。しかし安心することはできないのだ。山田くんがJUMPが出した答えが正解なのか不正解なのかそれがわかるのはこれからだ。それが決定する過程をわたしは見ていきたい。

 

しょせんオタクの戯言だ。「だと思う」の多用を避けることはできない。途中に書いた通りこちらからは一部しか見ることはできないのだ。その中でわたしが考えたものでしかない。それにこれは1度読んだ勢いで書いた。のちのち自分の中でも変わってくるだろう。今回で10000字インタビューJUMP編が終わった。長かった。前から書いているようにわたしはこの企画に批判的だ。正直言えば見なくていい部分だし見たいと思わない部分だ。わたしにとって。こんな風に山田くんが苦しんでいた事実なんて見たくない。しかし山田くんにある背景を知ることは山田くんのことを知ることにおいては不可欠なんだろう。まぁそれを知る必要はないというのがわたしの主張だが。こうして文句を言いながら読んで泣いているしこれを書いているときも泣いてる。それがこの企画のいやらしさだ。次は優馬らしい。山田くんはNYCのことをまったく語らなかった。優馬はどう語るのだろう。あった事実をないことにすることがいちばん罪深い。龍太郎のこともNYCのことも。きっとこの企画への嫌悪の根源はそれだ。